
| 商号 | 有限会社 ビー・ジー・レザー |
| 事業内容 | 皮のなめし・染色・仕上げ |
| 本社 | 〒343-0838 埼玉県越谷市大字蒲生3872番地 >> 地図はこちらから |
| TEL | 048-990-8031 |
| FAX | 048-990-8032 |
| 設立 | 平成14年6月10日 |
| 資本金 | 300万円 |
| 従業員数 | 8人 |
| 主な取引先 | ミズノ株式会社、株式会社ハタケヤマ、富田興業株式会社、株式会社碓井 株式会社久保柳商店、株式会社協進エル、有限会社竹内商店、澤井株式会社 有限会社松岡商店、マエックス株式会社、ライフ株式会社、株式会社t.c.k.w 他 |
| 主要品目 | 野球グラブ用革・スパイク用革・靴・鞄・小物・ベルト・袋物・衣料・床材・ インテリア用革・特殊ジーンズラベル等あらゆる用途の革 |


| 1939年(昭和14年) | 沼田寿郎夫婦が「合名会社沼田皮革精製工場」設立。 |
| 1948年(昭和23年) | 「沼田皮革株式会社」に改組。 |
| 1959年(昭和34年) | 沼田照(現BGレザー会長)が東京水産大学で皮革製造を学んだ後入社。 |
| 1961年(昭和36年) | 日本で初めて、クロム製の白黒サッカーボールを製作。 |
| 1962年(昭和37年) | オニツカ社(現 株式会社アシックス)と協力態勢でサッカーシューズ生産。 |
| 1964年(昭和39年) | キヤノン様、ニコン様、旭光学(現 ペンタックス)様等が使うカメラケースの素材提供。三浦雄一郎氏の使ったスキー靴紐(ラングリーメン)の研究開発。 |
| 1965年(昭和40年) | ミズノ株式会社の野球グラブ製作のプロジェクトに参加。世界一の野球グラブを共に目指す。 |
| 1968年(昭和43年) | ミズノ株式会社は、「沼田の素材(革)」で造ったグラブを「ワールドウィン」と言うブランド名で売り出す。その評判はうなぎ昇りとなり、瞬く間に日本の市場をミズノ株式会社が独占してしまった。すなわち沼田の素材(革)が日本の多くの野球人に使用されることとなる。 |
| 1970年(昭和45年) | ミカドスポーツ社の紹介により、株式会社ハタケヤマの野球グラブ製作の依頼を受ける。 |
| 1972年(昭和47年) | ミズノ株式会社坪田名人が中心となって、キャンピングカー内で大リーガーのためにグラブ造りを目の前で行っていく(ワークショップ)。このアイデアをきっかけに、ミズノ株式会社を通じて、アメリカでも「沼田の革」が広く知られるようになる。 |
| 1977年(昭和52年) | ヨーロッパ革輸入商社であるサライ商事株式会社のメインタンナーとして取引開始。一流有名ブランド三宅一生、Mr.ジュンコらのカバン、ハンドバッグ、ベルト、小物等で15年~20年もの間ロングランする革の製作にあたる。 |
| 1983年(昭和58年) | ミズノ株式会社のトップブランド「ミズノプロ」スタート。グラブには適さないと言われていた革のキップを製造、業界初。これまでにない素材の最高グラブが完成。多くの国内外の有名野球選手のグラブの素材に使用されている。 |
| 2000年(平成12年) | シドニーオリンピックで実力では世界一の強さを示した、日本女子ソフトボールチームのグラブの素材を全て担当。またミズノ株式会社が、アメリカで「ウィルソン」「ローリングス」を抜き世界一位のシェアを築く。すなわち、弊社のグラブの素材も評価を頂けたと自負している。 |
| 2002年(平成14年) | 有限会社ビー・ジー・レザー(Baseball Glove Leatherの頭文字をとる)として組織変更。野球のグラブを中心に、技術に特化した革づくりを始める。 |
| 2004年(平成16年) | ミズノ株式会社は中国を拠点とした海外生産にシフトしていく。その際、長年野球のグラブを任せていたミズノ担当者も交代し、取引がいったん休止となる。弊社の長い低迷時期となる。 |
| 2010年(平成22年) | 現在、野球のグラブの素材としては、弊社にしか出来ないような画期的なグラブの革を開発中。ミズノ株式会社より特殊野球ミット革の開発を依頼。画期的なミットグラブが完成し同年6月緊急先行発売決定した。 |